2018年12月14日

フランスの歴史〜カトリックキリスト教

フランスの起源はフランク王国にたどり着きます。
フランク王国の初代国王であったクロヴィスがカトリック司教からランス大聖堂(現在のノートルダム大聖堂)で西暦496年に洗礼を受けてカトリックキリスト教に改宗したことに始まります。
以後西暦816〜1825年(ほぼ千年!)まで歴代の王様(フランク王国→フランス王国)はランス大聖堂のカトリック司教より戴冠され、国王としての権威を認められることになります。

フランスの王権が弱かった前期はカトリックキリスト教の権威を借り協調して国家運営を行い、カトリックキリスト教の対抗勢力である異端キリスト教やイスラム教に対しては十字軍を編成して戦い、14世紀ごろのこの時までが協力体制です。
フランスの王権が強くなり確立すると、世俗的事柄は国王の方が教会(教皇)より優先されるというガリカニスム(フランス主義)と言う考えが広まり、ローマ教皇を捕まえて軟禁するアビニョン捕囚など国王とローマ教皇は対立に転じます。
それでも最終的にはフランス革命で廃止された国王よりも、19世紀までカトリック司教により戴冠され権力を認可され(それが形式的なものであっても)、現在も国家としてカトリック国としての長姉として認知されているフランスです。
キリスト教権威とフランス権力は時代によって距離感や実効力が異なりますが、カトリックキリスト教の権威が脈々と受け継がれている国がフランスなのだと思います。
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2018年12月07日

権威としての神道とキリスト教

前回のブログの続きで、ヨーロッパでの権威のローマ教皇(キリスト教)と権力との関係から流れている歴史を、それぞれフランス、ドイツ、イギリスで説明していきます。
まずはその前に日本における天皇の権威の起源となる神道と、ヨーロッパの権威の前提となる(日本人には疎い)キリスト教の概要をお話します。

日本の象徴であり権威である天皇の起源はさかのぼれば天照大神(あまてらすおおみかみ)までたどり着きます。
天照大神は伝説の神様ですが、5代後の子供が初代天皇の神武天皇です。
ある意味では物語(おとぎ話)ですが、日本最初の歴史書の日本書紀に(事実として)はっきりと記載されています。
今でも天照大神が主神である伊勢神宮は日本の神社の中心で国民の崇敬は強いですので、天皇の権威の正当性の中心になっているのだと思います。
それに対してキリスト教はカトリック教会のローマ教皇だけが権威の中心ではありませんので、フランス・ドイツ・イギリスの歴史の説明をするためにカトリック・プロテスタント・聖公会を説明します。

カトリック教会〜
聖書と伝承(伝統)と教皇を重んじる教派。
イエス・キリストの一番弟子の初代ローマ教皇ペテロから現在の266代教皇のフランシスコまで続いている。
現在ではローマ教皇は世界で一番小さい国(東京ディズニーランドより小さい)のバチカン市国の元首を兼ねる。
教皇〜枢機卿〜司教〜司祭(神父)の階級(上下関係)がある。

プロテスタント教会〜
カトリック教会から分離した聖書を一番の権威とする教派。
教皇や伝承には敬意を払うが絶対的権威は認めない。
教師として牧師がいるがカトリック教会のような上下関係はなく、基本的に聖書の前では万民平等である。

聖公会〜
カトリック教会から分離したイングランド国教会系のキリスト教であり、聖書と伝承を重んじる教派。
教皇には敬意を払うが絶対的権威を認めない。
イギリスの総主教をリーダーとするが、カトリック教会のような強い上下関係はなく、緩やかな上下関係である。

上記説明をしたのはフランス〜カトリック教会、ドイツ〜プロテスタント教会、イギリス〜聖公会の関係で歴史を見ると権力と権威の関係がわかりやすいからです。
次回より個別に説明します。
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