2019年02月15日

北方領土問題

安倍首相とロシアのプーチン大統領が北方領土問題の解決に最近よく会談を重ねており、あまり笑わないプーチン大統領が安倍首相と対面して(テレビのニュース映像ですが)イイ笑顔を見せた時に、相性の良い二人で領土問題は解決していくかもと思いました。
しかし、プーチン大統領(の指示を受けたであろうラブロフ外相)が北方領土返還の前提として「ロシア(当時はソビエト)が第二次世界大戦の結果として正式に北方領土を獲得したと日本が認めること」と今年の1月に主張した時、北方領土が日本に返還されることはないと私は確信しました。
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領土問題はそれぞれの国民が感情的になりやすい問題ですが、理路整然と書いてあるイイ本を見つけて読みました。
著者の一人の東郷和彦氏は第二次世界大戦の開戦・終戦時に外務大臣を務めた祖父を持ち、本人も幹部外務官僚(外交官)を務めた領土問題のエキスパートです(実際、現役時代に北方領土問題を含めたロシアと交渉をしていました)。
上記本を読んで納得しました。
日本にとって北方領土は歴史問題なのに対して、ロシアにとっては単なる領土問題(法的な問題)なのです。
いくら日本が北方領土は歴史的に日本の固有の領土であること主張しても、ロシアにとっては第二次世界大戦後に正式に獲得した領土なのです。
そもそも論点が違い、両国の議論がかみ合っていないのです。
ロシアの主張は「アジアで他国への侵略を続けた日本を懲らしめ第二次世界大戦を終結させるために日本に対して宣戦布告して、その結果正式に獲得したロシアの(北方)領土」なのです。
しかし、日本にとっては「一方的に日ソ中立条約を破棄して侵略してきたロシアが今現在も不法占拠している北方領土」なので、北方領土の歯舞群島と色丹島の2島が返還されるとしても正式に第二次世界大戦後の獲得した北方領土と言うロシアの主張を認めることはできないのです。

残念ですが北方領土問題の解決の道のりは遠そうです。

追伸:竹島問題は上記問題とは全く逆です。
日本にとっては領土問題(法的な問題)なのに対して韓国にとっては歴史問題なのです。
「1905年に正式な国内・国際的手続きで竹島を日本の領土とした」日本の主張に対して、「1910年に日本に植民地化(日韓併合)された韓国にとって、1905年の日本の竹島獲得はアジア侵略を始めた日本の第一歩」なので竹島を日本の領土と認めることは「日本の韓国植民地を正当化すること」と同じことになるのです。

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2019年02月08日

豆まき

末っ子が小学2年生の我が家では、まだしっかりと節分で豆まきをします。
おそらく末っ子が中学生になるまではするのでしょうね〜。
この日を楽しみにしていた末っ子は力を入れ過ぎてお面まで作ってしまいました。
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という訳で、これをかぶるのはやはり父親の役割になるのは自然の成り行きで、鬼役をしている私です。
喜んではしゃぐ小学2年生の末っ子、本気モードで豆を投げてくる中学1年生の次男、苦笑いをしながら一応参加する高校1年生の長男、そしてビデオ撮影をする嫁さんと、今年は日曜日の節分なのでのんびり休日モードの節分でした。

追伸:最近動物園に行きたいと言う末っ子を寒いから風邪引くと無理やり?(笑)説得して、この日も末っ子と二人で大阪の繁昌亭に落語を聞きに行ってきました。
繁昌亭の横にある大阪天満宮にお参りすると、「1000人巻き寿司丸かぶり」の節分イベントで大賑わいでした。
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2019年02月01日

災害ニュースで思うこと

平成最後の1月のブログを担当します事務の津江です。宜しくお願いします。

平成を振り返るとみなさんはどんな事を思い出しますか?
いい事もありましたが、災害という言葉をよく見聞きしたように感じます。
もちろん私も阪神大震災を経験しました。
また東日本大震災は向原クリニック就職した年でした。その後も各地で、地震や豪雨等の自然災害のニュースを見てきました。

昨年、岡山県の真備地区の被災状況は、記憶に新しいと思われます。
私は10年前に主人の仕事で広島県三原市本郷という所に住んでいました。
そこは広島空港の近くで、地形は神戸と同じ山と海があり温暖な気候の場所でした。周りは田んぼだらけで、神戸で生まれ育った私はカルチャーショックを受けながらも、周りの人がとても温かく接して下さったおかげで、5年間2人の子育てをしながら頑張ってきました。
ある意味で第2の故郷とも言えるくらい穏やかに過ごさせて頂きました。
しかしそんな第2の故郷が7月6日の豪雨により、とても大変な事になっていました。

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私が住んでいたアパートの前のお店です。
2階のベランダから撮影したようです。この知らせは少ししてから、友人より頂いた物です。
とてもショックでした。
友人やお世話になった方の安否が気になり連絡しました。また知り合いの方が本郷地区の復興の為に毎日フェイスブックしながら復興していく姿やボランティア活動から人と人の繋がりの大切さを感じさせてもらっていました。


昨年末本郷が気になり、家族で行ってきました。年末の忙しい時だったので、会えればラッキーという感じでお世話になった方や友人に会いにいきました。みなさん忙しいながらも私達家族に時間を作って下さり、当時の話をしてくれました。今は住めなくなった住居が多く、かつて住んでたアパートも住める状況ではなく廃虚になっていました。
「周りは住めなくなった人が多く、離れて行く人が多い中、来てくれてありがとう」と涙ながら話して頂き、遠くで何も出来ずにいた私でも何か役に立てたのかなと少し救われた思いでした。
近くのマックスバリュも水没しましたが、再開していました。昔働いていた保育所(私保育士してました)は1階平屋で、全て浸かった為まだ再開出来てませんが、再建の目途も立ってるそうです。
まだまだ復興途中ですが、地域の方が頑張って盛り上げていかれてるので、次回第2の故郷に行くのが楽しみになりました。

今回の事で、人と人の繋がりによってみんなの命や街を守る事が出来るんだと再認識しました。
本郷は隣近所の繋がりがあったので、みんなで助け合いながら避難をした為、災害の状況は凄かったそうですが、人的被害は少なく済んだそうです。
私は今の場所に住んで9年目になります。
振り返ると隣近所の事を知ってるだろうか?町内会でも独居のお家も多いとは聞いてますが、どれぐらいいるかもわかりません。
いつどこで災害が起こるかわからない分みんなで助け合っていかなければと思いました。
私達世代がもっと声をあげていかないといけないと思いました。
みなさんの周りではどうですか?
今後の事態に備えていきたいですね。

今回写真を提供して頂いた本郷の方々ありがとうございました。


最後になりましたが、みなさんにとって今年1年が良い年でありますように。


posted by MCL at 11:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする