2018年10月26日

織田信長像再考A

以前私は「武力をもって天下を統一して平和で自由な世の中を作る(天下布武)と言う理想」を追及する織田信長を結構好きと言いましたが、そうは言っても残虐なイメージのある織田信長は人間味がなく嫌いと言う人が多いと思います。
http://mukaihara.seesaa.net/article/460312583.html
そこで今回は織田信長の人間味あふれる手紙をご紹介します。

まずその前に皆さんは豊臣秀吉の正室のおね(北政所)はご存知ですか?
秀吉との間に子供がいなかったこともあり、秀吉ゆかりの若い武将たちを親切に愛情をもって世話をしたとの逸話が多くの残っています。
この時代に来日していた宣教師フロイスも「関白殿下(秀吉)の妻は異教徒であるが大変な人格者で、彼女に頼めば解決できないことはない」とおねを絶賛しています。
そのおねが若いときに秀吉の女遊びがひどかったらしく、秀吉の上司である信長に秀吉の女遊びで困っていると相談して、おねは信長から手紙をもらいました。
その手紙の一部を現代語訳して下記に記します。

そなたの美貌も前に会った時よりも10のものが20になるほど美しくなっている。
藤吉郎(秀吉)が何か不満を言っているとのことだが、言語同断、けしからぬことだ。
どこを探しても、そなたほどの女性を二度とあのハゲねずみ(秀吉のこと)は見つけることができないだろう。
だから、これから先は陽気にふるまい、奥方らしく堂々としてやきもちなどは妬かないように。
ただし、女房の立場として言いたいことがある時は、言いたいことをすべて言うのではなくある程度にして言うとよい。
この手紙は、羽柴(秀吉)にも見せること。


信長が秀吉をハゲねずみ呼ばわりしていることは笑えますが、実におねだけでなく秀吉にも配慮ある、部下思いの信長の手紙だとは思いませんか?
信長は本能寺の変で敗れて豊臣秀吉と徳川家康の天下になったため、秀吉と家康がことさらに信長の残虐性を強調したのだと思います(秀吉と家康が天下を取った時には、信長の直系の孫はまだ健在でしたので、秀吉と家康の正当性を強調する必要があったのです)。
そういう訳で、本当の織田信長は世間のイメージより人間味あふれる人ではないかと思っています。

posted by MCL at 08:00| Comment(0) | 院長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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