2018年11月30日

天皇とローマ教皇(ローマ法王)

 日本史が好きな私は今までブログでも色々と日本史ネタを使いましたが、世界史は元々あまり興味がありませんでした。
おそらく扱う範囲が大きすぎて複雑すぎて興味が持てなかったのだと思いますが、最近世界史の流れのポイントがわかりした。
なので、興味を持って勉強中です。

 日本史は一般的にも言われている通り、歴史の流れの中心は天皇と幕府(近代以降は政府)の関係です。
奈良時代〜平安時代に天皇の権威・権力が確立して、以後は権力が天皇から分離して幕府(政府)に移り、天皇の権威と幕府(政府)の権力との緊張関係が歴史の流れの中心になりターニングポイントでは事件(鎌倉幕府設立、建武の新政、明治維新、太平洋戦争終結など)が起きます。
その視点で世界史を眺めると、世界史の流れの中心は大まかに言ってローマ教皇です。
紀元一世紀にキリスト教が出現してローマ教皇を中心に広まり(初代ローマ教皇はイエス・キリストの一番弟子のペテロ)、ユダヤ教から発展した一辺境のパレスチナ地方の宗教だったキリスト教が四世紀には世界最大の国のローマ帝国の国教になりました。
これにてキリスト教の権威と権力が確立しました(ローマ教皇は現実的な国レベルでの権力(軍事力)を握ったことはなく権力の中心は皇帝ですが、国教化してほぼ対等の力を持ったということです)。
その後キリスト教指導者が権威の中心になって行きましたが、ローマカトリック教会(教皇)とギリシャ正教(総主教)に分かれたのが、世界史の複雑なところです(現在も)。
その後ローマ教皇は日本の天皇と同じように次第に権力と距離を置くようになりました(ギリシャ正教は東ローマ帝国などの比較的権力と近いところで発展していきます)。

 フランスとドイツ両国の始祖的英雄とされるフランク王国のカール大帝は西暦800年に教皇から(西)ローマ帝国皇帝として任命されました。
この出来事はまるで幕府の征夷大将軍が天皇から任命されたことと同じように見えます(権威と権力の共存)。
その後も教皇と皇帝(王様)の複雑なヨーロッパの歴史の関係は続いて行くのですが、そのお話は次回にします。

 日本史も世界史も同じ人間の歴史ですから、ポイントは同じなのかもしれませんね。

追伸:日本では天皇と政府の歴史のターニングポイントの一番新しい出来事が太平洋戦争終結だと思っています。
敗戦が濃厚になってきた昭和20年に終戦の決断ができない政府と陸海軍に対して昭和天皇が終戦の決断(ポツダム宣言の受諾)をくだしました。
その実話のやりとりは映画「日本のいちばん長い日」で詳しく知ることができます。
昭和天皇と鈴木貫太郎総理大臣と阿南陸軍大臣の鬼気迫るやり取りが見ものです。
役所広司演じる阿南陸軍大臣がカッコいいので是非見てください。

posted by MCL at 08:00| Comment(0) | 院長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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