2019年03月01日

天智天皇の百人一首の歌の再考(前半)

これから百人一首の1番目の超有名な天智天皇の歌「秋の田のかりほの〜」について自説を述べます。
素人なのにかなり生意気なことを言いますので、あらかじめご了承ください。
IMG_6742.jpg
今年始の冬休みに中学一年生の次男が学校の宿題として百人一首の暗記?勉強?をしていました。
その中学校のプリントを見ると天智天皇の歌の訳が
「秋の田の仮小屋は苫(とま→屋根ぶき)が粗末だから、私の袖は夜露にぬれとおしだ」
と書いてあったのです。
その時私は
「おかしい、間違っているはずだ、選び抜かれた和歌で構成されている百人一首の第1首目の天皇の歌がそんな意味のはずがない」
と思ったのです。
「苫が粗末だから袖が夜露に濡れて大変だ」って天皇が愚痴を言っているなんておかしいと思いませんか?

その当時私は「谷崎潤一郎訳の源氏物語」を読書中でした。
読書と言うよりは、かなり難解な読み物なので読解中でした。
谷崎潤一郎訳の源氏物語は原文の良さを残すためにかなり古文のような文章になっており主語もほとんどないので、瀬戸内寂聴訳や与謝野晶子訳や橋本治訳(これはほとんど異訳)を参考にしながら現在も読解しています。

そして源氏物語にはたくさんの和歌がでてきて、悪戦苦闘しながら読解してきました。
その私が天智天皇の百人一首の歌の本当の意味を考えたときに、源氏物語のたくさんの和歌を通して気付いた2点があります。
1点目は昔の和歌で袖と露が読まれた歌はほぼ100%「涙で袖が濡れている」との意味を表しています。
「露」は「涙」なのです。
そうなんです、天智天皇は泣いているのです。
それではなぜ天智天皇は泣いているのでしょうか?
<次回へ続く>

追伸1:上方落語の演目の一つに「京の茶漬け」があります。
家に遊びに来たお客さんに京ことばで「何もおへん(=ない)のどすけど、ちょっとお茶漬けでもどうどす?」という独特の言い回しがあるのですが、これは「早く帰ってください」という意味だそうです(もちろんお茶漬けなど用意していません)。
「早く帰ってください」と思っている女主人と「何とか京のお茶漬けを食べたい」と思っているお客さんのやりとりが落語のネタになります。
「何もおへんのどすけど、ちょっとお茶漬けでもどうどす?」→「早く帰ってください」のように元の意味が全くなくなっているのと同じで、「わが衣手は露にぬれつつ」→「物悲しくて涙がこぼれる」も元の意味が全くなくなっているのだと思います。

追伸2:以前ブログにも書いた映画の「カメラを止めるな!」が3月8日(金)日本テレビ系「金曜ロードSHOW!」にて完全ノーカットでテレビ初放送されます。
http://mukaihara.seesaa.net/archives/20181116-1.html
ぜひ皆さん見て下さ〜い、面白いですよ〜。
posted by MCL at 08:00| Comment(0) | 院長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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