2018年10月29日

新事務長の自己紹介

はじめまして。
7月より事務長として勤めさせて頂いています奥田敏博と申します。
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(左側が私です)

今回のブログでは、自己紹介をさせて頂きたいと思います。

生まれは、今はなき神戸市生田区。
パルモア病院で生を受け、三ノ宮の神戸新聞会館の裏の多国籍の方々が多く住まわれている地区の一角で育ちました。
小学校は神戸小学校。
六甲中学、六甲高校を卒業して、東京の大学へ進学。
医療福祉を勉強し、卒業後は千葉の鴨川にある総合病院にMSWとして勤めました。
数年後に何かと話題の日本大学が経営する医学部付属の病院に移り、計10年ほどMSWを勤めていました。
その後、在宅医療に興味を持ち、在宅医療を始めた企業に就職。
MSWはお休みし、在宅医療に関連するいろんな仕事をしてきましたが、このたび、縁合って向原クリニックで事務長職につかせて頂く事になりました。

神戸に住むことになってまず思い出されるのは、震災です。
そのときは奈良に住んでおり、大阪の事務所に勤務していました。
体が浮き上がって目が覚めたのを思い出します。
実家は新聞会館の裏から新神戸の方に移っていましたが、地盤が固かったのか運よく家屋にほとんど被害がなく、全員無傷で事なきを得ておりました。

子供は男の子が一人。
大学2年生でようやく20歳になりました。
誕生日に、家族3人で日本酒を飲みました。
経済学部で仮想通貨に興味があるというのですが、私には良くわからず、ただただ無事に就職して、自立してくれるのを願うのみです。

現在は、妻と子が東京、自分は実家で母親と同居という状態ですが、母親が頑張って食事を少年時代と同様に作って下さいます。
中学高校とスポーツ(軟式野球)をしていた頃と同じ量の食事なので、今では日々体重が増え、ズボンのサイズも日々きつくなっています。
食事を作って頂けるのは有りがたいのですが、目の前にお皿が並ぶと、手をつけないわけにもいかず、口に運んでしまうのは生来の食いしんぼうだからでしょうか。

これからも、クリニックのために力を尽くして参りたいと思います。どうぞ皆さま、宜しくお願い致します。

奥田敏博
posted by MCL at 12:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月26日

織田信長像再考A

以前私は「武力をもって天下を統一して平和で自由な世の中を作る(天下布武)と言う理想」を追及する織田信長を結構好きと言いましたが、そうは言っても残虐なイメージのある織田信長は人間味がなく嫌いと言う人が多いと思います。
http://mukaihara.seesaa.net/article/460312583.html
そこで今回は織田信長の人間味あふれる手紙をご紹介します。

まずその前に皆さんは豊臣秀吉の正室のおね(北政所)はご存知ですか?
秀吉との間に子供がいなかったこともあり、秀吉ゆかりの若い武将たちを親切に愛情をもって世話をしたとの逸話が多くの残っています。
この時代に来日していた宣教師フロイスも「関白殿下(秀吉)の妻は異教徒であるが大変な人格者で、彼女に頼めば解決できないことはない」とおねを絶賛しています。
そのおねが若いときに秀吉の女遊びがひどかったらしく、秀吉の上司である信長に秀吉の女遊びで困っていると相談して、おねは信長から手紙をもらいました。
その手紙の一部を現代語訳して下記に記します。

そなたの美貌も前に会った時よりも10のものが20になるほど美しくなっている。
藤吉郎(秀吉)が何か不満を言っているとのことだが、言語同断、けしからぬことだ。
どこを探しても、そなたほどの女性を二度とあのハゲねずみ(秀吉のこと)は見つけることができないだろう。
だから、これから先は陽気にふるまい、奥方らしく堂々としてやきもちなどは妬かないように。
ただし、女房の立場として言いたいことがある時は、言いたいことをすべて言うのではなくある程度にして言うとよい。
この手紙は、羽柴(秀吉)にも見せること。


信長が秀吉をハゲねずみ呼ばわりしていることは笑えますが、実におねだけでなく秀吉にも配慮ある、部下思いの信長の手紙だとは思いませんか?
信長は本能寺の変で敗れて豊臣秀吉と徳川家康の天下になったため、秀吉と家康がことさらに信長の残虐性を強調したのだと思います(秀吉と家康が天下を取った時には、信長の直系の孫はまだ健在でしたので、秀吉と家康の正当性を強調する必要があったのです)。
そういう訳で、本当の織田信長は世間のイメージより人間味あふれる人ではないかと思っています。

posted by MCL at 08:00| Comment(0) | 院長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月19日

ハマった恋愛小説!?

最近恋愛小説にハマっていま〜す。
って、私を知っている皆様はドンびきしないでください(笑)。
半分冗談で半分真面目です。
これから説明しますので聞いてください。


妻や下の子供たちがリビングで恋愛ドラマを見ていても、私は興味がありません。
若くてカッコいい俳優と美人な女優が恋の駆け引き(?)をしているドラマを横目で見ていても、私には関係ない世界観でおそらく登場人物に感情移入できないせいか面白くありません。
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その私が「高慢と偏見」「細雪」を読みました。
「高慢と偏見」はイギリスを代表する古典の名作で、あの夏目漱石も絶賛したとのことです。
イギリスの名家の5人姉妹を中心とした家族と恋愛に関するドタバタ人情物語です。
一方、谷崎潤一郎著「細雪」は日本古典の名作で、関西の名家の4人姉妹を中心とした家族と恋愛(三女雪子の繰り返すお見合いや奔放な四女妙子の恋愛など)の話で、やはりドタバタ人情物語です。
両方とも名家の人数の多い姉妹の物語ですが、内容や趣(おもむき)は全く違います。
そこで私はこの2つ(5冊)を読んで3人以上の姉妹がなぜ物語になるのか考えました。
結論は、3人の(男性)兄弟が集まっても人情物語や恋愛物語にならないからです。
3人の兄弟で物語になるのは毛利元就の子供たち3兄弟のように3人力を合わせて戦国大名家を大きくするなど、現代であれば3人兄弟で力を合わせて会社を大きくするなど、男性では小説の扱う題材が違うからです。
3人の(男)兄弟が恋愛の話をみんなで相談して家族が振り回されるなど、正直情(なさ)けないだけで小説の題材になりません。
3人以上と言うのもポイントです。
人間は3人集まれば政治が始まるといわれますが、2人だと1つの人間関係しかありませんが4人や5人だと姉妹の中でも様々な人間関係が生まれるので、それぞれ身近な姉妹の人情物語として話が広がっていくからだと思います。
そして古典として読み継がれている両者は単に流行りの問題ではなく、恋愛を含む普遍的な人間関係を描いた名作なのだと思います。

という訳で、私が恋愛小説(?)にハマった訳を納得していただけましたか?
私は女性に限らずこの2つの本を男性にも読んで頂きたいと思います。
posted by MCL at 08:00| Comment(0) | 院長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする